野球の練習は、実戦に合ったもののほうが効果があります。 ティーバッティングも正面から来たボールを打つ方法が理想的です。 ですが、通常のティー練習では斜めから来るボールをネット目がけて打ち込む形式です。これは基本のセンター返しではなく、引っ張る練習をしていることになります。 「トスのボールは正面から来る!」これが基本です。
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7/14~8/10日分の映像です。
やはりイチローのレーザービームはすごい!
★イチローの経歴★
■日本プロ野球
1991年、その打撃センスをかわれドラフト4位指名を受け、外野手としてオリックス・ブルーウェーブ(現:オリックス・バファローズ)に入団した。
入団後は2軍で首位打者を獲得しながらも、一軍首脳陣から振り子打法を否定された事に対し我流を貫き続けた事に加え、足の速さを生かすようにと内野安打狙いのバッティングや、山内一弘コーチ式の内角打ちを指示されるが意見や指導が合わず、当時豪腕の名をほしいままにしていた野茂英雄投手からプロ初本塁打を放ったもののその日に2軍降格を言い渡されるなど、1軍に定着することはなかった。
2軍生活を余儀なくされていたイチローは、2年目の秋に河村健一郎2軍打撃コーチと二人三脚で振り子打法を作り上げた。
1994年、監督に招聘された仰木彬はイチローの天才的な打撃センスを見抜くと、登録名を当初の鈴木から「イチロー」に変更させて1軍の2番バッターに抜擢する(その後1番に定着する)。イチローは1軍打撃コーチの新井宏昌にも理解されて、2軍に降格することなくその年210安打(日本記録)の偉業を達成し、次の1995年のシーズンでは、前半戦を三冠王で折り返すなど、勝負強さやパワーも証明した。
以後、7年連続首位打者獲得を達成し1996年にはオリックスの選手として日本シリーズも制覇し、日本のプロ野球選手を代表するスーパースターに育った。7度の首位打者は張本勲と並ぶ日本記録。又、1996年9月23日の日本ハムファイターズ戦(グリーンスタジアム神戸)では、延長10回裏にオリックスのリーグ連覇を決めるサヨナラ2塁打を放った。